仏甲寺地区の観光及び文化遺跡

佛甲山·佛甲寺
佛甲山(516m)の麓に据えた佛甲寺は百濟枕流王元年(384年)に摩羅難陀尊者が百濟に佛敎を 傳播しながら,最初に初めて建てた佛法道陽というところを反映して寺名を佛甲寺と言ったそうです.
靈光の法聖浦という地名も聖人が法を持ってきた浦口だったと言って芙蓉浦という名から變わったといいます.
自然な石階段を上がり,初めて向かい合うようになる天王門 の中には新羅眞興王の時, 緣起祖師 が木刻に作り,高宗1年にセルヅ 禪師が佛甲寺を修造しながら,廢寺にされた全北興德烟起寺より移してきたと傳わる四天王像が祭られている.天王門の右側には1階と2階に各 鐘と鼓が掛かってある六角樓閣があり,その樓閣の隣りにチャンシク木(眞樟)一本があります.
寶物第830號に指定された大雄殿は正面3間,側面3間の八作屋根建物で正面と側面とも全部眞ん中間の三つ對の門を蓮華紋と菊花紋で飾り付けて,左右間には蕭瑟(蕭殺でうら寂しい模樣)とした櫛文で仕上げて雰圍氣がとても華奢です.
佛甲寺の中には萬歲樓 ,冥府殿,一光堂,そして寮舍屋があり,寺の後ろには天然記念物第112號に指定されたチャンシク木(眞樟)群落がある.樟科に屬する常綠闊葉樹として10月や11月に雌花と雄花が各 別の株で佛いて,翌年10月ぐらいに實が赤く熟れて花と實を共に見られて人目の視線を引く.周りに海佛庵,修道庵,內山書院,佛甲貯水池周佛公園,圓佛敎聖地,百濟佛敎の最初渡來地等がある.
- 相思花(コッムルッ)
- 秋の初めになると佛甲山の全體を赤く染める相思花は, 花が散った後に葉が出るし,葉がてた 出た後に花が散ってしまって,花と葉を一緖に見ることができないわけで, 花葉不相見という 相思花(コッムルッ)と呼ぶ.
- 大雄殿(寶物 第830號)
- 重ねた八雀屋根で出來た多包系建物で,本當に華麗たる樣式を誇っているし,三つの特色があ る物は,カンソル門·三神佛座像·屋根の上のストゥパである.
- ストゥパ
南方佛敎圈で,佛樣が涅槃された後舍利を奉安するために造成した一種の舍利塔(墓)で,これは印度で現れる寶珠形式として佛甲寺の建築樣式が印度から傳來されたことを知らせてくれる.
- 三神佛座像(寶物 第1377號)
國內の大槪の佛座像は,建物の正面を向いているが,ここの佛甲寺の佛座像は,建物の側面である南側を向いている.このような樣式は,屋根の上にそびえている寶珠と同じ脈絡で,南方佛敎の特色を良く見せているのを注目すべきである.國內の浮石寺無量壽殿と麻谷寺大匡寶殿のように同じ例に屬する.
- 四天王像(地方有形文化財 第159號)
道善國師が創建した全北興德の燕岐寺で,朝鮮中期に製作してソルドゥ大師が佛甲寺に移して奉安した國內最大規模の木造像で均衡美と調和美が一番である.
- 万歲樓(地方文化財資料 第166號)
大雄殿の前に,中心軸線上に中層形樓,大槪には樓下進入をする門樓である場合が多いが,唯一に 華嚴寺の菩提樓とここの万歲樓が低い中層を成しているし,夏節期に講學する空間として使用されている.
- 梵鍾樓
地獄衆生の苦痛を止め, 心を淸凉にさせるという意味の大梵鍾を仕えた2階の樓閣建物として, 全面は低い中層型で後面は高樓を成す珍しい形式を持っている.
- ヨンシル峯の落照(日沒)
佛甲山の頂上であるヨンシル峯(516m)から眺める西海の落照(日沒)は,その美しさが本當に優れて東側の佛國寺が位置した吐含山の日の出と共に優れた絶景として知られている.
- 海佛庵
海佛庵は,ジョンイル庵,ブルヨン臺,修道庵,オジン庵と共に佛甲寺の5大庵子の中で一つであるし,その周邊景色が優れて, 昔から湖南地域の參禪道場の4聖地で知られていた.
- 內山書院(地方記念物 第28號)
佛甲寺を少し離れると睡隱 姜沆先生(1567-1618)を配享した祠宇である內山書院があって,綱鑑會要元版である壯版閣642枚が保管されている.良く手入りした庭園で廣がった空を感想するのも內山書院がくれるまた一つの余裕である.
- 綱鑑會要木版(地方有形文化財 第213號)
睡隱 姜沆先生が中國の歷史書である自治統監と統監綱目を補完整理した史書の木版で印本が國立中央圖書館に1券だけしかないのでその價値が高い.


















